
「前の会社よりもかなり給料が高かったので今の会社に転職したのですが、毎日遅くまで残業しているのに残業代が全く出ません。雇用契約書等を見たら、毎月の給料に固定残業代3万円が含まれていると書いてありました。これに同意している以上、残業代が3万円以上出なくても仕方ないのでしょうか?」
近年、固定残業制をとる会社が増加していることに伴い、当所でもこのような相談を頂くことが増えています。結論から申し上げると、上記のようなケースでは未払残業代を請求できる可能性が高いです。それでは、どのような場合に固定残業制の会社で残業代請求ができるでしょうか?
本記事では、固定残業代制について、以下の点を中心に弁護士が解説します。
ここではまず、固定残業代制の仕組みや、似た制度であるみなし労働時間制との相違点を解説します。
固定残業代制は、毎月一定時間の残業が生じることが想定される職場や、繁忙期と閑散期で業務量の差が大きい職場で採用されることが多いです。
固定残業代制(みなし残業代制)とは、会社側があらかじめ一定時間分の時間外労働・休日労働・深夜労働時間を想定した上で、その時間(みなし残業時間)分の割増賃金を毎月の給与に含めて支給する制度をいいます。実際の残業時間がみなし残業時間を超えない場合は、別途に残業代が支払われなくても労基法第37条1項に違反しません。
一方、実際の残業時間がみなし残業時間を超える場合は、超えた時間分の残業代が発生するため、支払わなければ違法となります。
固定残業代制は「みなし残業代制」とも呼ばれるため、用語が似ている労働時間制度の「みなし労働時間制」と混同されることがあります。
みなし労働時間制は、業務遂行の手段や時間配分を労働者の裁量に委ねる制度で、営業職等の外勤が多い勤務形態や、高度専門職に対して適用されることが多い制度です。みなし労働時間制のもとでは、労使間の協定で定めた時間数分労働したものとみなされます。例えば、「1日8時間労働したものとみなす」と定められた場合は、実際に労働した時間に関係なく8時間労働したものとみなされます。このため、みなし労働時間数が1日8時間を超えない場合は、実際に労働した時間が8時間を超えていても残業代は発生しません。この点で、実際の労働時間にかかわらず一定の残業代が支払われる固定残業代制と違いがあります。
一方、みなし労働時間が8時間を超える場合は、超過する時間分について割増賃金が発生します。この場合は、予め法定労働時間を超える時間分の割増賃金支払を前提とする点で、固定残業代制と類似するといえます。
また、法定休日に労働した場合は、当該休日に「実際に労働した」時間分の休日労働割増賃金が支払われなければなりません。この点でも、一定の、つまり固定額の休日労働割増賃金を給与に含める固定残業代制と異なります。
固定残業代制は、毎月一定の時間外労働があることを前提にしていることや、給与に占める固定残業代部分が不明確になる可能性があることから、残業代未払い等の労働基準法違反が起こるおそれがある制度です。このため、固定残業代制が適法となるためには、以下の条件を満たしている必要があります。
固定残業代を導入した場合、通常賃金に相当する部分と割増賃金に相当する部分とが明確に区分されていることが必要です。
例えば、雇用契約書に「基本給28万円・固定残業代2万円(10時間分)」と記載されている場合は明確区分性の要件を満たしますが、「基本給30万円(固定残業代含む)」と記載されている場合は、同要件を満たさないことになります。
固定残業代は「時間外労働の対価」として支払われていることが必要です。この対価性の要件を満たすか否かは、以下の事情等に基づいて総合的に判断されます。
また、固定残業代が時間外労働・休日労働・深夜労働(以下、便宜上「時間外労働」と表記)の対価である以上、労働基準法の関連規定に違反しないことが求められます。
残業代は時間外労働の対価として支払われる賃金です。そのため、前提として①時間外労働をさせることについて労使間協定(労基法第36条1項)を締結して労働基準監督署に提出すること及び②固定残業制を採用することについて個々の従業員の同意を得ていることが必要です。
労使協定を締結しているとしても、残業時間が労基法第36条4項に定められた上限(月45時間・年360時間)を超えることはできません。月あたりの上限時間は45時間ですが、固定残業代が毎月同額支払われることを考慮すれば、月45時間分では年間360時間を超えるため、年360時間を12で割った30時間を超えない範囲で固定残業時間を定めることが望まれます。
固定残業代を定めるにあたり、労基法第37条4項に定められた割増率を下回らないことが必要です。時間外労働・深夜労働に対しては25%以上、休日労働については35%以上の割増率を基礎賃金に乗じた額を定めなければなりません。
固定残業代制は「実際の残業時間にかかわらず一定の残業代が支払われる」制度であるため、以下のようなメリットがあります。
業務の繁閑に関わらず毎月一定の残業代が支払われることで、収入が安定します。会社側からみても、残業代の計算をする手間を減らせることで労務管理のコスト削減につながります。
残業代が固定されていることで、できるだけ少ない時間で仕事を終わらせるために業務を効率化できます。会社にとっても、無駄な残業時間による残業代や光熱費等のコストを削減できることで、中長期的には固定残業代の支払いを上回るメリットがあるといえます。
業務を効率化して残業時間を減らすことで、プライベートの時間を確保しやすくなります。
一方、固定残業代制については労使ともに仕組みを誤解していることがよくあるため、以下のような問題が生じる可能性があります。
まず、会社側が「何時間残業しても、固定残業代以上の残業代は支払わなくてよい」と誤解していることが少なくありません。これにより、勤怠管理が適切に行われず、固定残業代相当の時間数を超える残業をしても残業代が支払われない違法状態が起こりやすくなります。また、給与制度についての会社側の周知不徹底により、労働者側が「固定残業代以上の残業代は出ない」と誤解していることもよくあります。
前述の適法要件の章で述べたように、固定残業代制をとる場合は雇用契約書等で基本給と固定残業代を明確に分けて表示しなければなりません。しかし、実際には固定残業代を含めた給与額が表示されるケースが少なくありません。固定残業代の区分が明確でない場合、基本給や1時間あたりの賃金が都道府県で定められた最低賃金を下回っている可能性があります。
組込型の固定残業代制をとっている場合、労働者側が(固定残業代を含む)総賃金を「基本給」と誤解しやすいという問題があります。特に、求人の際に説明が不十分だった場合、労働者が「1時間でも残業すれば残業代を請求できる」と思って入社した後でトラブルになる可能性があります。
「固定残業代が払われているとしても、これほど長時間残業しているのに残業代がそれ以上出ないのはおかしいのでは?」と思われるケースでは、多くの場合残業代請求が可能です。ここでは、固定残業代制をとる会社に未払残業代を請求する方法を解説します。
固定残業代制度の場合、発生する残業代(法定時間外労働等に対する割増賃金)は、次の式により求められます。
[基礎賃金x時間外労働等の時間数x割増率(下記3.参照)] - 固定残業代
「時間外労働等」には、法定時間外労働、深夜労働、休日労働が含まれます。
まず、固定残業代相当額を超える残業代が発生していることを証明できる証拠を収集した上で、未払残業代を算定します。固定残業代制で残業代請求する場合、次のような資料が証拠となりえます。
固定残業代制の場合、固定残業代を支払うことを理由に、タイムカード等による勤怠管理が行われていないケースもよくあります。個別の状況に応じた証拠収集方法については、弁護士への相談をおすすめします。
残業代の証拠収集方法及び、手持ちの証拠がない場合の対処法等について詳しくは、当法律事務所の弁護士が記載した下記記事を御参照ください。基礎賃金とは、基本給に「諸手当」を加えた、1時間あたりの賃金をいいます。月給制の場合は、1か月当たりの【基本給+諸手当の額】を、その月の所定労働時間で割って算出します。
諸手当のうち、以下のものは基礎賃金に算入しないことが法律で定められています(労基法第37条5項、同法規則第21条)。
【基礎賃金の計算例】
基本給:28万円、算入できる手当の合計額:4万円、1か月の所定労働時間:160時間
基礎賃金:(28万円+4万円) ÷ 160 = 2,000円
割増率は、労基法第37条1項・4項及び政令※1で定められた範囲で会社が規定した数値が、就業規則や労働条件通知書に記載されています。
労基法第37条1項・4項で定められた割増率は、以下の通りです。
※1:平成6(1994)年政令第5号「労働基準法第37条1項の時間外及び休日の割増賃金にかかる率の最低限度を定める政令」
※2:法定休日(労働基準法第35条で義務づけられた「週に最低1日以上または4週間あたり4日以上」の休日
また、法定労働時間を超える労働が深夜や休日に行われた場合は、それぞれの割増分を合算しなければなりません。たとえば、定時が9時~18時(休憩1時間)の会社で、9時に出社した従業員が23時30分まで残業した場合は、以下の残業代が発生します。
残業代請求権は、「行使することができるときから3年」(労基法第115条・同法附則第137条)で消滅時効にかかることに注意が必要です。
残業代請求権の消滅時効については、詳しくは当法律事務所の弁護士が記載した下記記事を御参照ください。
証拠を集めて残業代を算定したら、内容証明郵便を利用して会社に請求書を送付します。請求書を内容証明郵便で送るのは、「催告」(民法第150条)を行ったと認められるため、残業代請求権の消滅時効完成を6か月間延長する効果が生じるためです。
固定残業制の労働者が会社に対して残業代請求した場合、会社から次のような反論が出てくることが想定されます。
個別の業務形態や実態に照らして出てきそうな反論を推測して、その反論に対応できるだけの準備をすることをおすすめします。
任意交渉が成立しなかった場合、労働審判申立てを主なうか、訴訟提起によって残業代請求を行います。
未払残業代が発生していることを会社が認めているが、時間数や残業代総額で争いがある等、相手方に譲歩の余地があると思われる場合は、労働審判申立てを行うという方法があります。
労働審判は、訴訟と比較すると以下の点でメリットがあります。
一方、次の場合は審判結果が無効になります。改めて訴訟提起が必要になるため、いわば審判に費やした時間や労力が無駄になってしまいます。このため、先に労働審判を申し立てるか、労働審判を経ずに訴訟提起するかを予め判断しておかなければなりません。
労働審判結果が無効になった場合や、最初から訴訟提起するのが望ましいと判断された場合は、訴訟を提起して解決を目指します。訴状を提出する裁判所は、以下の条件に従って決まります。
| 労働審判を経ている | 労働審判を経ていない | |
| 請求額140万円以下 | 労働審判を行った地方裁判所 | 会社の所在地を管轄する簡易裁判所 |
| 請求額140万円超 | 労働審判を行った地方裁判所 | 会社の所在地を管轄する地方裁判所 |
ここでは、固定残業代制をとる会社の従業員からの残業代請求が認められるか否かが問題となった裁判例をご紹介します。
固定残業代制をとる会社で残業代請求が認められたケースでは、近年の最高裁判決2件が注目されます。どちらも、割増賃金支払の体裁をとりながら巧妙に賃金を増やさない仕組みを作っていた会社に対して、労基法第37条の割増賃金を支払ったとはいえないと判断しています。
残業時間の多寡にかかわらず給与額が変わらないように調整されていた固定残業代制について、特に「対価性」の要件を満たすかが問題になったケースです。
一般貨物自動車運送事業等を業とする株式会社であるY社は、設立当初は従業員(運転手)の給与を運送先によって決めていましたが、その後、以下のような賃金体系をとっていました(旧給与体系)。
しかし、2015年5月に労働基準監督署から指導を受けたために、同年10月頃、Y社は賃金体系を以下のように変更しました(新給与体系)。
本件は、Y社に2012年2月頃雇用された運転手Xは、2017年12月に退職する際に、2015年12月~2017年12月の時間外労働等に対する賃金と付加金の支払いを求めて提訴したものです。本件では、Y社の「新給与体系」のもとでの「本件割増賃金」(上記⑤)が、労基法第37条1項等に従った割増賃金の支払として認められるか否かが問題となりました。
第一審(熊本地裁2021年7月13日付判決)は、本件割増賃金を「時間外手当」と「調整手当」に分けて検討した上で、以下のように判断しました。
(1)時間外手当(本件割増賃金から調整手当を差し引いた額)は、適正に労働時間を管理して支払われたことから対価性と明確区分性有するといえるから、通常賃金には含まれない(時間外手当として認められる)
(2)調整手当については、時間外労働や深夜労働の時間数に応じて支給されていたとはいえないため、労基法第37条に従った割増賃金とは認められない
控訴審(福岡高裁2022年1月21日付判決)も、上記については一審を維持しました。
最高裁は、以下の理由により、控訴審の判断に誤りがあるとして同判決を破棄し、事件を福岡高裁に差し戻しました。
新給与体系のもとでは、時間外労働の有無やその時間数と関係なく決定される本件割増賃金の総額のうち、基本給等を通常の労働時間の賃金(以下「通常賃金」)として労基法第37条等に定められた方法により算定された額が本件時間外手当の額となり、その余が調整手当の額となる。これにより、本件時間外手当と調整手当とは、前者の額が定まることにより当然に後者の額が定まるという関係にあり、両者が区別されることについては、本件割増賃金の内訳として計算上区別された額に、それぞれ名称が付されているという以上の意味を見出すことができない。
そうすると、本件時間外手当の支払いによって労基法第37条の割増賃金が支払われたといえるかを検討するにあたっては、本件時間外手当と調整手当から成る割増賃金が、全体として時間外労働等に対する対価として支払われたといえるかを問題とすべきである。
(つまり、控訴審が「時間外手当」と「調整手当」の対価性を別々に検討した点に誤りがあると判断したことになります。)
Y社は、新給与体系を導入するにあたり、賃金総額の算定については従前の取扱いを継続する一方で、旧給与体系において「通常賃金」と位置づけていた基本歩合給に相当する部分を新たに調整手当として支給することにしたといえる。そうすると、旧給与体系の下では、基本給及び基本歩合給のみが通常賃金であったとしても、その額は新給与体系の下における基本給等及び調整手当の合計に相当する額と大きく変わらない水準、具体的には1時間あたり平均1,300円~1,400円程度であった。
一方、調整手当の導入の結果、新給与体系の下では、通常賃金は基本給のみであり、本件割増賃金は時間外労働等に対する対価として支払われると仮定すると、Xに対する通常賃金の額は1時間あたり平均約840円となり、旧給与体系の下での水準から大きく減少することとなる。
また、新給与体系の導入にあたり、Y社からXら労働者に対しては、基本給の増額や調整手当の導入等に関する一応の説明があったにとどまり、基本歩合給相当部分を調整手当として支払うことに伴い上記の変化が生じることについて、十分な説明がされたとはいえない。
以上によれば、新給与体系は、実質において、時間外労働等の有無や時間数に関係なく決定される賃金総額を超えて労基法第37条の割増賃金が生じないようにするために、旧給与体系において通常賃金に含まれる基本歩合給として支払われていた賃金の一部について、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるといえる。
そうすると、本件割増賃金は、その一部に時間外労働の対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解される。そして、本件割増賃金のうちどの部分が時間外労働等の対価にあたるかが明確になっていない以上、本件割増賃金について、通常賃金にあたる部分と労基法第37条の割増賃金にあたる部分とを判別できないこととなるから、Y社のXに対する本件割増賃金の支払いにより、同条の割増賃金が支払われたということはできない。
(判決理由ここまで)
本判決は、後述の日本ケミカル事件によって示された「対価性」の判断基準を用いて、具体的な当てはめを示しつつ、労働者側の請求を認める判断を下した最高裁判決として注目されます。
タクシー運転手が、歩合給の計算において、売上高の一定割合から残業代相当額を差し引く賃金規則が違法であるとして、未払い残業代の支払いを求めた事件です。
タクシー事業等を業とするY社は、就業規則の一部である賃金規則において、以下のように定めていました。
この賃金規則の下で、実際にXらタクシー運転手への「歩合給(1)」支給額が0円とされたこともありました。Xらは、「歩合給(1)」の計算にあたり時間外労働等に相当する金額を差し引く旨の賃金規則は無効であるとして、差し引かれた時間外労働手当等に相当する賃金等の支払いを求めて提訴しました。一審及び第一次控訴審は、当該賃金規則は公序良俗に違反し無効と判断しました。これに対し、第一次上告審(最高裁第三小法廷2017年2月28日付判決)は、当該賃金規則の定めは当然に労基法第37条の趣旨に反し公序良俗に反するとはいえないとした上で、第一次控訴審では「通常賃金にあたる部分と労基法第37条の割増賃金にあたる部分とを判別できるか否かの審理・判断がなされていない」として、事件を原審に差し戻しました。
第二次控訴審は、本件賃金規則では通常賃金に相当する部分と労基法第37条の割増賃金に相当する部分が明確に区分されており、本件賃金規則に基づいて割増賃金として支払われた額は、労基法第37条等に基づいて算定した割増賃金の額を下回らないから、Xらに支払われるべき未払い賃金があるとはいえないとして、Xらの請求を全て棄却しました。これに対し、Xらが上告しました。
最高裁(第二次上告審)は、以下の理由により、一審判決を破棄して事件を高裁に差し戻しました。
使用者が労働者に対して、労基法第37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労基法第37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを計算することになる。その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常賃金にあたる部分と同条の定める割増賃金にあたる部分とを判別できることが必要である。
そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労基法第37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記判別ができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われていることを要する。かかる対価性の判断にあたっては、当該労働契約に係る契約書等の記載内容ほか、諸般の事情を考慮して判断すべきである(日本ケミカル事件参照:後述)。具体的には、当該手当の名称や算定方法及び、労基法第37条の趣旨を踏まえて、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置づけ等にも留意して検討しなければならない。
[Y社の「本件賃金規則に基づく割増金(残業手当、深夜手当、公出手当)は、労基法第37条の割増賃金として支払った」旨の主張について]この割増金は、時間外労働の時間数に応じて支払われる一方で、通常賃金である「歩合給(1)」の算定にあたり「対象額A」から控除される額としても用いられる。そのため、時間外労働等の時間数が多くなれば、「対象額A」から控除される金額が大きくなる結果として、「歩合給(1)」は0円となることもある。
とすれば、本件賃金規則の定めるこのような仕組みは、実質において、出来高払い制の下で元来は「歩合給(1)」として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合にその一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払っているものというべきであり、当該割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価が含まれているとしても、通常賃金である「歩合給(1)」として支払われるべき部分を相当程度含んでいると解さざるをえない。
そして、割増金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価にあたるかは明らかでないから、当該賃金規則に就き、通常賃金にあたる部分と労基法第37条に定める割増賃金にあたる部分とを判別することはできないこととなる。従って、Y社のXらに対する割増賃金の支払により、労基法第37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。よって、本件において「対象額A」から控除された割増金は、割増賃金にあたらず、通常賃金にあたるものとして、労基法第37条等に定められた方法により、Xらに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。
(判決理由ここまで)
本件判決後、差戻審の審理中に、Y社が未払い残業代を支払う旨の和解が成立しました。
タクシー会社等の運送業界では、本件賃金規則のように、歩合給の計算にあたって残業手当等の相当額を差し引く旨賃金規則等で定めている会社が少なくありません。本件最高裁判決が、かかる賃金規則による割増金の支払いに対して「労基法第37条に定める割増賃金の支払いとは認められない」旨判示したことにより、同様の歩合給計算を行っている会社は賃金体系の見直しが求められます。また、本判決は割増賃金の対価性の判断基準を示したことで、固定残業代の解釈に対しても影響を及ぼすものと言えます。
固定残業代制をとる会社に対する残業代請求が認められなかった判例としては、固定残業性の適法性判断基準においてリーディングケースとなった日本ケミカル事件が特に注目されます。
保険調剤薬局に勤務する薬剤師が、「業務手当」として支払われていた固定残業代に相当する残業時間を超える時間分の残業代を請求した事件です。
薬剤師Xは、2012年11月10日、保険調剤薬局運営を主業務とするY社との間で、以下の条件で雇用契約を締結しました。
| 業務内容 | 調剤業務全般及び服薬指導等 |
| 就業時間 | 月・火・水・金 9:00~17:30 木・土 9:00~13:00 |
| 休憩時間 | 月・火・水・金 13:00~15:30 |
| 休日 | 日・祝・夏季3日・12月31日~1月3日 |
| 休暇 | 年次有給休暇 |
| 賃金(月額) | 基本給461,500円・業務手当(みなし時間外手当)101,000円 ※ |
| 支払時期 | 毎月10日締25日支払 |
※賃金規定には「業務手当は、一賃金支払期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する」旨の記載があり、また採用条件確認書には「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りでない」旨の記載がありました。また、他の従業員との間で作成された確認書には、「業務手当は、固定時間外労働賃金として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」等の記載がありました。
Xの時間外労働に関しては、以下の事実が認定されています。
Xは、Y社に対して時間外労働に対する割増賃金及び付加金の支払いを求めて提訴しました。第一審(東京地裁立川支部2016年3月29日付判決)は、業務手当の支払が労基法第37条の割増賃金の支払にあたるとしてXの請求を棄却しましたが、控訴審(東京高裁2017年2月1日)は、以下の理由によりXの請求を一部認容しました。
(1)定額残業代(以下「固定残業代」)の支払を法定の時間外手当の全部または一部の支払とみなすことができるのは、以下の場合に限られる
(2)本件では、「業務手当が何時間分の時間外手当にあたるのか」がXに伝えられておらず、休憩時間中の労働時間を管理・調査する仕組みがないため、Y社がXの時間外労働の合計時間を測定できないこと等から、業務手当を上回る時間外手当が発生しているか否かをXが認識できないため、業務手当の支払を法定の時間外手当の全部または一部の支払とみなすことはできない
Y社の上告に対して、最高裁は以下の理由により原判決を破棄し、事件を原審に差し戻しました。
労基法第37条が時間外労働等について割増賃金を支払うことを使用者に義務づけているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制するとともに、労働者への補償を行う趣旨であると解される。また、労基法第37条は、同条(及び政令・厚労省令等)に定められた方法により算定された額を下回らない額を支払うことを義務づけるにとどまり、基本給や諸手当にあらかじめ割増賃金を含めて支払うことを禁止する趣旨ではない。使用者は、労働者に対して雇用契約に基づき、時間外労働等の対価として定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部または一部を支払うことができる。
ある手当が時間外労働等の対価とみなされるか否かは、雇用契約書等の記載内容の他、使用者が労働者に対して行った当該手当や割増賃金に関する説明の内容、実際の労働時間等を考慮して判断すべきである。しかし、労基法第37条やその他の法令が、原審の理由(1)のような事情が認められていることを必須としているとは解されない。
認定事実によれば、本件雇用契約書等の諸規定において、毎月の所定賃金のうち業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていた。また、Y社とX以外の各従業員の間で作成された確認書にも、業務手当が時間外労働に対する対価として支払われる旨が記載されていたのであるから、Y社の賃金体系においては、業務手当が時間外労働の対価として支払われるものと位置づけられていたといえる。
さらに、Xに支払われた業務手当は、平均所定労働時間に基づいて算定すると約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、Xの実際の時間外労働状況と乖離するものではない。これらによれば、当該業務手当は、時間外労働に対する対価として支払われたと認められるから、業務手当の支払いをもって、Xの時間外労働等に対する賃金の支払いとみることができる。原審が指摘する(休憩時間の)労働時間の管理状況等の事情は、以上の判断を妨げるものではない。
従って、原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。
(判決理由ここまで)
本件は、固定残業代制の適法性判断基準を初めて明確に示した最高裁判決といえます。本件では、①会社が雇用契約書、採用条件確認書、賃金規定において「業務手当を割増賃金として支払う」旨を明確に記載していたこと ②業務手当額を明示していること及び③割増賃金を定額で支払うことについて労働者本人から同意を得ていることを理由に、業務手当が労基法第37条の割増賃金として支払われたことを認めています。
一方、原審の高裁判決ではこれに加えて、「業務手当が何時間分の時間外労働に対する割増賃金であるかを明示すること」及び「休憩時間中の労働時間も含めた実際の時間外労働時間が明確であること」を要するとして、より厳格な基準を示しています。残業代請求する上では、最高裁判決及び高裁判決が示した基準の両方を適法性判断の基準とすることができると考えられます。
固定残業代制の場合、まず「残業代の発生」に気づいていないことが多く、残業代の発生に気づいたとしても、給与に固定残業代が含まれる分、未払い残業代の計算も煩雑に感じられます。適切な対処をとるために、違和感を持った時点で弁護士に相談することをおすすめします。固定残業代制をとる会社に対する残業代請求について、弁護士に相談することには、以下のようなメリットがあります。
固定残業代制を採用している会社では、会社側が「残業代は発生しない」と誤解している場合が少なくありません。また、固定残業代制は年俸制と併用されているケースも多く、労働時間の概念があいまいになり、勤怠管理が行われていないこともあります。弁護士に相談することで、残業代が発生しているか、何時間分未払いになっているか等を正確に教えてもらうことができます。
残業代請求にあたっては、請求額分の証拠が必要となります。固定残業代制の場合、会社が残業代が発生しないと誤解していて勤怠管理が適切に行われておらず、残業時間の証拠収集が困難になることがよくあります。弁護士に相談することで、会社が勤怠管理をしていない場合の有効な証拠や収集方法等を教えてもらうことができます。また、会社側が所持・保管している証拠について、労働者を代理して開示請求することができます。
未払い残業代の請求にあたっては、会社側と交渉しなければなりません。しかし、労働者個人で会社と交渉して、請求を認めてもらうことは容易ではありません。会社が交渉に応じてくれないことも少なくなく、交渉に応じる場合は顧問弁護士を立ててくることが多いです。弁護士に依頼することで、対等に交渉を行うことができます。
ウカイ&パートナーズ法律事務所では、初回30分無料相談をお受けしています。固定残業制の会社の残業代未払いでお困りの方は、是非当初にご相談ください。
固定残業代制は、もともと企業側にメリットが多い制度です。残業時間がみなし残業時間以内に収まっている限りは労働者にとってもメリットがありますが、実際にはみなし残業時間を超える時間外労働に対して残業代が支払われていないケースが少なくありません。また、固定残業制は年俸制と併用されることも多いため、年俸制との併用の場合は月給制と比べてさらに残業代発生に気づきにくくなります。残業代発生に気づかない間に消滅時効期間が経過してしまうおそれもあります。少しでもおかしいと思ったら、弁護士にご相談ください。
ウカイ&パートナーズ法律事務所では、所属する弁護士全員が、固定残業代制をとる会社での未払残業代発生有無や請求できる金額、証拠収集が可能か否かを検討・判断した上で、とりうる対処法について懇切丁寧にお答えします。当事務所では、初回30分無料で法律相談をお受けしています。残業代請求をご希望の方は、ぜひ当事務所の無料法律相談をお申込みください。
