
「大学病院の病棟看護師なのですが、病棟責任者になってから管理職であることを理由に残業代が出なくなりました。夜勤も多いのに、月3万円の管理職手当以外の手当が全くもらえず、かえって給料が減ってしまいました。別の病院への転職も考えていますが、病棟責任者に残業代が出ないのは法律違反だとしたら、退職する時に残業代を請求したいのですが可能でしょうか?」
「個人事業主としてクリニックに勤務していますが、診断書作成等で勤務時間内に仕事が終わらずに長時間残業することが頻繁にあります。勤務日や診療行為についてクリニック側の細かい指示に従っていて、休暇を取る場合も院長の許可が必要です。しかし、個人事業主であることを理由に残業代が出ないことになっています。実態はほとんど勤務医と変わらないのに残業代が出ないのには納得できません。」
当法律事務所では、医師や看護師等の医療従事者の方から、このような相談を頂くことがよくあります。長時間労働が常態化しているのに、給与体系や、契約が業務委託であること等の理由で残業代が支払われていないケースが多いのが事実です。
そこで、本記事では、医療従事者が残業代請求や、不当解雇等に対して労働法令に基づく権利行使ができるか否かについて、職種別の労働者性の問題と併せて解説します。
医療業界で働く人が、勤務先の医療機関に対して残業請求等、労働関係法令で認められた権利を行使するためには、労働基準法や労働契約法の適用を受ける「労働者」に該当している必要があります。また、労働基準法等の「労働者」に該当することを「労働者性」といいます。労働者性の判断基準について、現在は、厚生労働省が1985年に発表した「労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)」(以下「厚労省S60報告」)が用いられています。
上記①②をあわせて「使用従属性」と呼びます。使用従属性を判断する上で、特に重視されるのが上記①の「指揮監督関係」の中の次の基準です。
使用従属性の判断基準等、労働者性の論点について詳しくは、以下のコラムを御参照ください。
ここでは、医療機関で働く人の職種別に、「労働者」に該当するか否かについて解説していきます。医師の中でも勤務医の場合、看護士である場合、病院薬剤師・検査技師・理学療法士等である場合、事務員である場合には、ほとんどの場合、「労働者」に該当することが多いでしょう。
この点、医師に関しては、雇われ院長の場合、当直医・宅直医の場合、個人事業主として申告もしている業務委託の医師である場合、研修医の場合など、それぞれ判例による判断があります。結論としては、これらの医師の場合には、個別具体的な事情をもとに「労働者」に該当するか否かにつき裁判所が判断することになります(つまり、ケースバイケースです)。実際に、労働者性を肯定している判例も多々あります。
医師に対しても、労働者に該当する場合には労働関係法令が適用され、時間外労働の割増賃金支払義務、解雇規制等が及ぶことになります。一方、医師については以下のような事情があるため、使用従属性の判断が難しい場合があります。
医師の労働者性について、裁判所は、役職名や金銭支払名目等にとらわれず、勤務の実態に照らして使用従属性を判断しているといえます。以下、医師の労働者性が問題となるケースと裁判例を見ていきましょう。
勤務医の場合、ほとんどの場合労働者性が認められています。
問題は、院長であったり、当直医、研修医、勤務医と同じように働いているが形式的には個人事業主として取り扱われている医師などは、以下の裁判例のように、労働者性が争われています。
医療法人に雇用される形で、その医療法人が運営するクリニックの院長として勤務していた医師に対して、労働基準法第41条2号の「管理監督者」に該当するか否かが問題となったケースです。
・大阪地裁2018年9月21日付判決
歯科医師Xは、2013年1月11日に以下の給与条件にてY法人で雇用され、同年9月1日に同診療所の院長・管理者・理事に就任しました(就任前後で職務内容に特段の変更なし)。
Xは、院長就任後、月額160万円~330万円(大部分がインセンティブ報酬)の給与支払いを受けていました。Xは2015年4月30日付で退職した際、それに先立つ同年3月24日付でY法人に対して未払い残業代を請求しました。これに対して、Y法人が未払い残業代を含む賃金債務の不存在確認訴訟を提起したため、Xが未払い残業代合計985万余の支払を求める反訴を提起しました。
大阪地裁は、以下の理由によりXの請求を認め、Yに対して2013年3月分から2015年4月分の残業代として919万円余り、遅延損害金として約450万円、さらに労働基準法第114条に基づく付加金として806万円余り、合計約2,200万円の支払を命じました。
| 管理監督者性の判断基準 | 本件Xの管理監督者性に対する裁判所の判断 |
| 経営者と一体的な立場にあるといえるだけの職務及び権限を有しているといえるか? | ・Xは院長・管理者・理事に就任しているが、理事会開催の事実が認められず、他の理事と対等な立場で協議したこともない ・Xが理事会の開催を求めた際、Y法人は顧問弁護士を通じて「理事長の方針に反しないよう」申し入れていた ・従業員の採用、面接、勤務評価、退職の承諾や勧奨、休暇取得の許否の判断等を行った事実は認められない ・従業員のシフト作成に関与していない ・従業員の休暇取得届に対してXが押印しているが、休暇取得届には予め宛名として院長が表示され、理事長が押印する欄が別にある ・新規患者の予約の取り方については理事長が指示していた ・Y法人が、診療所の運営についてはXではなく理事長の判断・指示に従うよう文書を配布していた |
| 自己の労働時間について裁量を有していたといえるか? | ・診療時間は年中無休で午前9時~午後10時と決められていた ・タイムカードによる勤務時間の管理を受けていた ・休日は年間を通じて毎週火曜日・金曜日と決められていた ・出勤日変更、有給休暇取得等の際には理事長の許可が必要 |
| 賃金等の待遇が管理監督者の地位にふさわしいといえるか? | ・賃金額は多額であるが、受給した賃金のうち大部分がインセンティブ報酬である ・インセンティブの算定方法について院長就任前や、院長以外の他の医師との違いがない ・院長等就任の少し前から職務給10万円を支給されていたが、職務給が賃金全体に占める割合は小さく、他の医師の中にも同額の職務給を支給されていた者がいる ・X以外の他の医師がXの賃金額を上回る月があった ・Xは、前院長が受けていた「院インセンティブ」の支給を受けていない |
※管理監督者性の基準については、後述の「残業代請求」の項目の「管理監督者」を御参照ください。
Y法人が主張する、「インセンティブ報酬の中に残業代が含まれる旨のXY間の合意」が存在した事実は認められない。
勤務医の当直勤務や宅直勤務※に対して、労働基準法第41条3号が適用される「使用者が労働基準監督署長の許可を得た断続的労働」に該当するか否かが問題となることがあります。断続的労働に該当すると判断された場合、同条2号の管理監督者と同様に、時間外労働及び休日労働の割増賃金請求が認められないためです。 この問題について、以下の奈良地裁判決の判断が注目されています。
※宅直勤務:休日の宿日直担当医師からの要請があった場合に出勤するために自宅で待機すること(オンコールとも呼ばれる)
・奈良県立奈良病院産婦人科事件(奈良地裁2009年4月22日付判決)
県立病院の産婦人科医らが、宿日直勤務及び宅直勤務が時間外・休日労働に当たるとして、割増賃金と遅延損害金の支払いを求めたケースです。
県立Y病院産婦人科に勤務する医師X1・X2は、以下の事情の下で通常勤務、宿日直勤務及び宅直勤務に従事していました。
| Y病院勤務医の所定労働時間 | ・月曜日~金曜日午前8時30分~午後5時15分 |
| 宿日直勤務時間 | ・宿直:平日・土日祝日の午後5時15分~翌朝8時30分 ・日直:土日祝日の午前8時30分~午後5時15分 |
| 奈良県条例及びY病院規則の規定 | ・奈良県勤務時間条例第9条1項:県は職員に対して人事委員会規則で定める断続的な勤務を命じることができる ・Y病院勤務時間規則(第7条1項3号(6):県立病院の入院患者の病状の急変等に対処するための医師または歯科医師の当直勤務は同条例第9条1項の「断続的な勤務」に当たる ・Y病院宿日直手当に関する規則第3条1項4号:上記勤務時間規則第7条1項3号(6)の勤務1回につき宿日直手当2万円を支給 |
| 宿直医師への業務指示 | ・入院患者・救急外来患者に対する診療にあたるためにY病院に宿泊して業務を行う ・宿日直勤務中は可能な限り勤務位置を明確にして常時ポケットベルを携帯し、呼び出しに速やかに応答する旨義務づけられている |
| 宿日直医師への業務指示 | ・助産師や看護師と協力して分娩に当たるが、必ず医師が立ち合う ・異常分娩の場合には分娩前後にも様々な医療行為等を行う ・助産師や看護師は異状があればすぐに宿日直医師に連絡する |
| X1・X2ら医師の自主的な「宅直当番」対応 | ・自主的に「宅直当番」を決め、宿日直医師のみでは対応困難な場合に「宅直当番」の医師が病院に来て宿日直医師と協力して診療を行っていた ・Y病院の他の診療科では宅直勤務が行われていない |
| 宿日直勤務中における通常業務の割合(県の調査データ) | 24% 通常業務:外来救急患者への処置全般及び入院患者に対する緊急手術等 |
X1・X2は、Y病院に対して、宿日直勤務及び宅直勤務が労働時間に当たると主張して、これらの時間を含む2004年~2005年の2年分の時間外手当の支払いを求めて提訴しました。
奈良地裁は、以下の理由により、宿日直勤務については断続的労働に当たらず、労働時間に該当するとしてY病院に対してX1・X2に対する未払い割増賃金及びこれに対する遅延損害金の支払いを命じました。なお、2004年10月25日以前に発生した割増賃金については消滅時効期間経過により請求を認めず、2004年10月26日以降の宿日直勤務に対する時間外手当のみ認められています。一方、宅直勤務については断続的労働に当たると判断しました。
[宿日直勤務が断続的労働に該当するか] 否定→労働時間に該当する
X1・X2は、Y病院から宿日直勤務を命じられ、宿日直勤務の開始から終了までの間、場所的拘束を受けるとともに、呼び出しに速やかに応じて業務を遂行することを義務づけられていた。また、診療の合間の待機時間においても労働から離れることが保障されているとはいえず、宿日直勤務の開始から終了までの間、医師としての役務提供が義務づけられていた。以上に鑑みると、XYの宿日直勤務時間はY病院の指揮命令下にあったといえるため、労基法第41条3号の「断続的労働」の範囲を超えるものである。
[X1・X2が自主的に行った宅直勤務が断続的労働に該当するか] 肯定→労働時間に該当しない当該宅直勤務は、医師不足を補うためY病院の産婦人科医師間で定めた自主的な取り決めに過ぎず、Y病院がこれを意識していながら指揮命令を行った事実は認められない。
(判決理由ここまで)
本件判決に対してXは宅直勤務に対する判断、Y病院は宿日直勤務に対する判断を不服としてともに控訴しました。控訴審では、先に宅直勤務についてXY間で和解交渉を行いましたが和解が成立せず、大阪高裁2010年11月16日付判決は、一審判決を支持してXYの控訴を棄却しました。
医師が「業務委託」という契約形態で働いている場合でも、従業の実態に基づいて労働者性が認められる場合があります。
・メディカルプロジェクト事件(東京地裁2018年9月20日付判決)
「個人事業主」として美容外科クリニックに勤務していた医師の労働者性が問題となったケースです。
医師Xは、2013年10月から2015年1月まで、Y社と以下の内容の契約を締結し、Y社が運営する美容外科クリニックの各医院に勤務していました。
Xは、患者とのトラブルを主な原因として2015年1月23日付でY社との契約関係解消を通知するとともに、同契約が「雇用契約」であると主張し、Y社に対して以下の未払い残業代等の賃金合計約186万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めて提訴しました。
東京地裁は、以下の理由によりXの労働者性を認めました。
以前は、研修医は臨床研修という教育プログラムを履修する、学生に準じた立場であるから労働者にはあたらないと考えられていましたが、下記の最高裁判決では、研修医の労働者性が認められました。
・最高裁第二小法廷2005年6月3日付判決(関西医科大学研修医事件)
研修医Xは、1998年6月1日からY大学で研修医として勤務を始めましたが、同年8月6日に過労を原因とする急性心筋梗塞症で死亡しました。遺族である両親は、Y大学に対して使用者責任等に基づく損害賠償請求訴訟を提起しました。同時に、Xが大学附属病院で支給を受けていたのが奨学金(月額6万円)と宿日直手当(1回あたり1万円)のみであったため、損害賠償請求訴訟とは別に、支給された金額と最低賃金との差額の支払を求めて提訴しました(本件)。
大学側は、「研修医が行う診療行為は「研修」の時間内に行われるため、病院の指揮監督下での労務遂行にはあたらず、研修医に最低賃金法は適用されない」「支払っていたのは給与ではなく奨学金である」等と主張しました。
最高裁は、以下の理由により、Xの遺族の請求を認めました。
※給付型奨学金は、所得税法上非課税所得に該当します。例外的に、法人から給付型奨学金の支給を受ける場合に、給与所得として課税される場合があります。本件では、被告の主張通り「奨学金」扱いとすれば源泉徴収されないはずが、実際には源泉徴収されていた点で、労働者性を肯定する事情の1つになったといえます。
看護師の場合は、ほとんどが医療機関との雇用契約に基づいて業務を行っているため、労働者に該当することに問題はありません。
医療機関に勤務する薬剤師、臨床検査技師、放射線技師、理学療法士、作業療法士等については、医療機関側との雇用契約に基づいて従業している場合がほとんどであるため、労働者に該当します。
医療機関に勤務する事務員については、ほとんどの場合勤務先の医療法人との雇用契約に基づいて労務を提供しているため、労働者性が認められます。
ここでは、医療機関で従業する医療従事者の残業代請求の可否や方法について解説していきます。
残業代とは、労基法第37条で定められた、以下の労働時間に対する割増賃金をいいます。
残業代を請求する前提として、仕事をした時間が「労働時間」に該当する必要があります。「労働時間」とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間をいいます(三菱重工業長崎造船所事件:最高裁2000年3月9日付判決)。つまり、裁判所からみて「使用者の指揮命令下に置かれていた」と判断できる時間が、労働時間に該当することになります。医療機関側が就業規則や労働契約等で特定の場合を「労働時間から除外する」と定めていたとしても、使用者の指揮命令下に置かれていたと判断できれば、裁判では労働時間と認められる可能性があります。
医療機関で働く医療従事者の場合、以下のような時間が「労働時間」に含まれます。
| 労働時間に含まれる時間 | 内容・備考 |
| 診療行為を行う時間 | 診察、治療、手術に従事する時間 |
| 医師の自己研鑽の時間 | [2019年7月1日基発0701第9号通達] ・診療の知識、技能の習得のための学習 ・博士の学位や専門医資格取得を目的とする研究や論文作成 ・手術・処置等の見学(見学の延長で診療または診療補助を行う場合を含む) |
| 学会参加やそれに伴う発表資料・論文執筆等の時間(主に医師) | 任意参加の学会でも、次の時間は労働時間となる ・勤務先医療機関に参加を指示された学会 ・勤務先医療機関主催の勉強会 ・職務遂行に必須となる研究会 ・医療機関に割り当てられた論文の作成 ・勤務先の上司の指示に基づいて、院内の臨床データを利用した研究発表 ・学会等参加のために要した移動時間 |
| 宿日直勤務の時間 | ・実作業に従事した時間 ・宿直、当直中の仮眠時間・待機時間 ※宿日直勤務は、労働基準監督署の許可を得た場合のみ、労基法第41条3号「断続的労働」として労働時間から除外される 労基法第41条3号「断続的労働」に該当する宿日直勤務:正規の勤務時間外または休日における勤務の一態様であり、本来業務を処理するためのものではなく、構内巡視、文書・電話の収受または非常事態に備えて待機するもの等であって、状態としてほとんど労働する必要がない勤務をいう(2002年3月19日厚生労働省労働基準局長通達基発第0319007号)。 労働基準監督署長の宿日直許可判断基準:以下の基準を満たすこと(上記通達) ・常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみである(原則として通常の労働が継続しているとは認められないが、まれに緊急医療等を行うことがあっても一般的にみて睡眠を十分とりうること) ・相当の睡眠設備が設置され、睡眠時間が確保されていること ・宿直勤務は週1回、日直勤務は月1回を限度とする ・その勤務に就く労働者の賃金の1人1日平均額の3分の1を下回らない額の宿日直勤務手当を支給される |
| オンコール待機の時間 | 勤務先医療機関の指示に基づいて行われるオンコール待機は実態に照らして使用者の指揮命令下におかれ、労働から解放されていたとはいえない場合は労働時間に該当する |
医療機関は、以下のような理由で残業代を支払っていないことがあります。
勤務医の診療科部長や医療法人に雇用されているクリニック院長、看護師の病棟責任者等、管理職的な肩書のある医療従事者に対して、労基法第41条2号の「管理監督者」に当たることを理由に残業代が支払われないことがよくあります。「管理職だから、時間外労働手当等の[労働時間]に関する規定の適用を除外した労基法第41条2号に該当する」「給与に役職手当が含まれている」というものです。
しかし、肩書が管理職であっても、同法の管理監督者に該当しない「名ばかり管理職」である可能性があります。「管理職」が全て管理監督者に該当するわけではなく、ある役職に就く従業員が管理監督者に該当する(管理監督者性が認められる)と言えるためには、以下の要件を満たしていなければならないからです。名ばかり管理職であれば、「管理監督者」に該当しないため残業代請求ができることになりす。また、管理監督者に該当するとしても、深夜労働に対する割増賃金の請求は可能です。
特に医師に対しては、給与が年俸制で支払われることが多くあります。年俸制の場合、1年分の給与が確定しているため、労働時間に対する認識が薄れやすくなります。また、年俸制と併せて固定残業代制ないし裁量労働制(みなし労働時間制)を採用しているケース、さらに管理職扱いにしているケースも多いため、「年俸以上の給料を支払う必要がない」という認識が強くなりがちです。
しかし、年俸制はあくまで給与の支払形式にすぎず、その従業員が労働基準法第9条の「労働者」に該当する限り、同法の適用を受けます。つまり、時間外労働・休日労働・深夜労働に対しては割増賃金が支払われなければなりません。
年俸制と同様、医師に対しては(年俸制とセットで)固定残業代制をとっているケースが多いです。固定残業代制をとる場合、「給与の中に一定額の残業代が含まれている」という理由で、固定残業代以上の残業代が支払われないことがしばしばあります。労基法第37条は割増賃金の支払方法までは規定していないため、固定残業代をとること自体は違法ではありません。しかし、固定残業代制が適法であるためには、以下の要件を満たす必要があります。
たとえば、雇用契約書の給与関連の規定に「年俸1,500万円(固定残業代含む)」と記載されている場合は、①の明確区分性の要件を満たさないことになります。
また、医師に対して(年俸制と併用して)裁量労働制をとっていることを理由に、残業代を支払わないケースもあります。裁量労働制とは、業務遂行の手段や時間配分を労働者自身の裁量にゆだねる制度を言います。民間企業では高度専門職や営業職の従業員に対して裁量労働制をとる会社が増加しており、高度専門職である医師に対しても裁量労働制を導入する医療機関は多いです。
裁量労働制の下では、実際の労働時間にかかわらず、労使協定で定めた時間数分労働したものとみなされます。これにより、みなし労働時間数が1日8時間以内である場合は、実際の労働時間が8時間を超えていても残業代が発生しません。しかし、裁量労働制の下でも、労働基準法の労働時間関連の適用が除外されるわけではありません。たとえば、みなし労働時間が9時間である場合は、法定労働時間を超える1時間分について割増賃金の対象となります。また、たとえば日曜日を所定祝日とする医療機関で、日曜日に労働した場合は、実際の労働時間分の休日労働割増賃金が支払われなければなりません。
医療機関(経営者の医療法人)に対する残業代請求は、次の方法で行います。
まず、残業代の請求額を証明する証拠を集めましょう。医療機関に対する残業代請求で、有効な証拠となりうる資料として以下が挙げられます。
| 証拠となりうる資料 | 証拠となりうる理由/注意点 |
| タイムカード、勤怠システム等の出退勤記録 | ・客観性・正確性が高いため有力な証拠となる ・これらの記録について労働者側がアクセスできない場合も開示請求が可能 |
| 日報・業務報告書 | ・始業・終業時刻及び、始業時刻から終業時刻に至るまで業務を行っていた事実を証明できる |
| 病院システムのログイン・ログアウト履歴 | ・業務開始・終了時刻を知るための証拠となる ・通常は医療機関側が管理しているが、タイムカードや勤怠システム等の労働時間管理が行われていない場合等、残業代の証拠として必要な場合は開示請求ができる |
| 電子カルテ | ・患者の病状の経過が時系列で記載されているため、医師等の出勤の有無や残業の状況を把握する手がかりとなる ※患者の個人情報が記載されているため、残業代請求の証拠として写しをとる必要の有無について弁護士への相談をおすすめします |
| メール・チャットの送受信履歴 | ・病院側とのメール・チャットの送受信履歴は、その時間に業務を行っていた事実の証拠として客観性が認められる |
| 防犯カメラ映像 | ・出退勤のための病院への入退出の時刻を証明できる |
| 労働者側のスマホのGPS記録や位置情報アプリのログ | ・特定の時刻に勤務場所にいた事実を証明できる ※業務を行っていた事実の証拠としては認められない |
| 勤務日誌等の自作の勤務記録 | ・客観性が劣るため単独では証拠として不十分だが、他の証拠と合わせることで証拠価値を認められる |
証拠がそろったら、未払いの残業代を分単位で計算します。残業時間が時間外労働、休日労働、深夜労働のいずれに該当するかについては、判断が難しい場合があります。また、残業代請求権は、「行使できるとき」つまり各月の給料日から3年で消滅時効にかかるため、時効期間を経過した残業代の有無や金額についても調べる必要があります。これらを労働者自身が判断して正確な請求額を算出することは難しいため、弁護士への相談をおすすめします。
未払い残業代の計算ができたら、勤務先の医療機関に対して内容証明郵便で請求書を送付して、交渉を申し入れる必要があります。内容証明郵便による請求書送付が必要なのは、残業代の請求権が消滅時効(労働基準法第115条)にかかるのを防ぐためです。
勤務先の医療機関との任意交渉が成立しなかった場合、労働審判申立てを行うか、訴訟提起によって残業代請求を行います。労働審判と訴訟には以下のような違いがあります。
| 労働審判 | 訴 訟 | |
| 適した状況 | 相手方に譲歩の余地がある 当事者が早期解決を望んでいる | 証拠が揃っている 強制力のある解決を望んでいる |
| メリット | 原則3回の期日で手続が終了するため早期解決が可能 審理が非公開で行われるためプライバシーが守られる | 判決または和解により強制力のある解決ができる |
| デメリット | 以下の場合審判が無効になるため強制力が弱く、また手続にかかった時間と労力が無駄になる ・審判結果に対して一方が異議を申し立てた ・労働審判委員会の判断で審判を終了させた場合 | 解決まで時間がかかる 事実上弁護士への委任が必要なので弁護士費用がかかる |
労働審判結果が無効になった場合や、最初から訴訟提起するのが望ましいと判断された場合は、訴訟提起により解決を目指します。訴状を提出する裁判所は、以下の条件に従って決まります。
| 労働審判を経ている | 労働審判を経ていない | |
| 請求額140万円以下 | 労働審判を行った地方裁判所 (会社の所在地を管轄する地裁) | 会社の所在地を管轄する簡易裁判所 |
| 請求額140万円超 | 同上 | 会社の所在地を管轄する地方裁判所 |
先に労働審判を申し立てるか、最初から訴訟提起するかを的確に判断するのは労働者単独では難しいため、弁護士への相談・依頼をおすすめします。
ここでは、先にご紹介した裁判例以外で、医療従事者の残業代請求の可否が争われた裁判例をご紹介します。
Y法人が設置する病院で看護師をしていたXは、所定の申し送り時刻までにやることとされている業務を終えるためにやむを得ず始業時刻より前に業務に着手して、ナースステーションのパソコンにログインすることが常態化していました。Y法人側はXが始業時刻以前に業務を行った時間を労働時間にカウントしていなかったため、XはYに対して始業時刻以前の業務時間分の残業代の支払いを求めて提訴しました。
さいたま地裁は、以下の理由により、Xの請求を認め、Yに対してパソコンのログイン時刻から始業時刻までの残業代合計約42万円の支払を命じました。
Xの上長である看護師長らは、Xが始業時刻前にパソコンを使用すれば、即時、容易に、Xが始業時刻前に所定の業務を行っていることを知ることができるはずである。実際にXは、ほとんど全ての日において始業時刻前に最初のログインをしていることから、看護師長はXが常態として始業時刻前に業務を開始していることを知っていたものといえる。そして、看護師長がXに対して始業時刻前の業務を禁じたり、停止するように指導した事実が認められないことから、Xの業務はY法人の黙示の指揮命令の下で行われたものといえる。
Y社と雇用契約を締結し、同社の運営する訪問看護ステーションに看護師として勤務していたXは、以下のような内容の緊急看護対応業務(オンコール)に従事していました。
Xは、オンコールの待機時間が労働時間にあたると主張し、Y社に対して残業代及び付加金の支払いを求めて提訴しました。
横浜地裁は、以下の理由により、Xの請求を認めてYに対して残業代約990万円及び付加金約783万円の支払を命じました。
[実作業に従事していない時間が労基法上の「労働時間」に該当するかについて]
労基法の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう。実作業に従事していない不活動時間が「労働時間」に該当するか否かは、労働者が不活動時間において使用者の指揮命令下に置かれていたと評価できるか否かにより客観的に定まる。
[本件へのあてはめ]
以上の事情に照らすと、No.1の携帯電話機を所持して緊急看護業務を担当した日は、業務に従事した時間はもとより、待機時間も含めてYの指揮命令下に置かれていたといえる。従って、緊急看護業務の待機時間についても、労基法上の労働時間に当たるというべきである。
労働者性が認められる場合、不当解雇に対して従業員の地位確認、バックペイ(解雇時から現在までの賃金相当額)や慰謝料等の請求が可能です。業務委託で働く場合も、不当な契約解除に対しては労働者性を主張した上で同様の請求ができる可能性があります。勤務先の病院から解雇通知を受けた場合は、以下のように対処してください。
解雇通知を受けた場合の対処法について詳しくは、以下の記事を御参照ください。
解雇が違法か否かを判断するためには裁判例も含めた専門知識が必要であるため、できるだけ早く弁護士にご相談ください。
日本では解雇に対する法的規制が厳しいため、辞めさせたい従業員に対しては退職勧奨を行うことが多いです。退職勧奨は自発的な退職を促す行為であるため、従業員が退職に応じる義務はありません。また、退職に応じる場合も、退職金等の退職条件について使用者と交渉が可能です。ここでは、退職に応じたくない場合の対処法について解説していきます。
退職に応じたくない場合に、一番大切なのは「退職合意書にサインしない」ことです。退職勧奨が行われる場合、会社から面談に呼び出されていきなり退職合意書を提示され、署名を促されるという流れになることがよくあります。さらに、「退職しなければ解雇する」「あなたの成績ではこれ以上うちの会社にはいられない」等の言動により心理的に追い込まれることも少なくありません。
しかし、一度退職合意書にサインしてしまうと、退職の合意の意思表示を取消すことが難しくなります。法律的には強迫による意思表示の取消を主張できる可能性はありますが、そのために必要な証拠が残っていないことが多く、実際には困難です。退職合意書を提示された場合は、拒否するか、応答を保留してください。
退職勧奨を受けた場合は、できるだけ1回目の退職勧奨の時点で弁護士に相談してください。弁護士が介入することで、適切な対処法を教えてもらえる他、代理人弁護士による書面送付や会社との交渉が可能になります。
労働者には退職勧奨に応じる義務がない以上、会社に対して退職勧奨をやめるよう求めることができます。退職勧奨の停止を求める場合は、弁護士に依頼して、弁護士名義で会社に送付する受任通知に「従業員に対する退職勧奨行為を停止してください」と記載してもらうことをおすすめします。
医療機関で働く方も、労働者性が認められれば残業代請求等、労働関係法令で認められた権利を行使できます。しかし、医師の場合は年俸制や固定残業代制、裁量労働制等を理由に労働時間が管理されていないことも多く、本人が正確な残業時間を算定することは困難です。医療機関の労働トラブルについて、弁護士に相談・依頼することには、以下のようなメリットがあります。
労働者性の判断は難しく、同じ医師・看護師等の職種であっても労働者性が認められるか否かは個別の事情により異なります。弁護士に相談することで、判例や業務経験に基づいて、相談者様が「労働者」に該当する可能性について、的確に判断してもらうことができます。
労働者性が問題になるケースでは、残業代や不当解雇のバックペイ等の請求の可否が争われることが多いですが、可能な請求は個別の事案により異なります。また、労働者に該当する可能性が低い場合でも、債務不履行や不法行為に基づく損害賠償請求等、何らかの請求ができる可能性があります。弁護士に相談することで、労働者性を主張できる場合とできない場合でそれぞれどのような請求が可能であるか、的確に判断してもらうことができます。
労働者性を主張して残業代等を請求する場合、主張を証明できる証拠を揃える必要があります。しかし、本人が法的に有効な証拠を揃えることは非常に難しいといえます。また、労働者性が問題となる場合は、労働者性についての証拠も収集しなければなりません。弁護士に相談することで、労働者性と請求それぞれの主張にはどのような証拠が役立つか、それらをどのように収集するか等について、詳しく教えてもらうことができます。また、医療機関側が保持している証拠の開示請求等、適宜証拠収集のサポートも受けられます。
医療機関に対して残業代等の請求を行う場合、請求書類を内容証明で送付した上で、請求を認めてもらえるように交渉する必要があります。しかし、医療機関の職員本人が、労働者性の根拠を主張して請求を認めてもらうことは困難です。相手が交渉に応じてくれないことも多く、また顧問弁護士に依頼して一方的に請求を拒否される可能性もあるからです。弁護士に相談することで、対等な立場で冷静に交渉することができます。
ウカイ&パートナーズ法律事務所では、初回30分無料で法律相談をお受けしています。医療機関で働く方が、残業代未払いや不当解雇等のトラブルに遭った場合や、契約内容と実際の業務内容の違いに違和感を持った場合等、お困りのことがありましたら、お気軽に当法律事務所の無料相談をご利用ください。
開業医等の例外を除いて、医療機関で働く方のほとんどは、労働基準法等の「労働者」として残業代請求などの権利行使が可能です。医療機関も労働関係法令に従う義務がある以上、労働者と認められる職員に対しては、適正な賃金支払いや社会保険料、労災保険料等の支払いが義務づけられます。
トラブルがあった時に「年俸制と固定残業代制の併用だから、給料に含まれている以上の残業代は出ない」「業務委託契約だから労働者の権利主張はできない」と諦めたりせず、弁護士に相談することをおすすめします。
ウカイ&パートナーズ法律事務所では、所属する弁護士全員が、労働者性の判断や医療機関の行為の適法性を判断・検討した上で、とりうる対処法について懇切丁寧にお答えします。当事務所では、初回30分無料で法律相談をお受けしています。勤務先の医療機関の残業代未払いや不当な契約解除、執拗な退職勧奨等のトラブルでお困りの方は、ぜひ当事務所の無料法律相談をお申込みください。
